2013年1月10日木曜日

BARCELONA 2013


久しぶりにスペイン・バルセロナを訪問することになりました。
今回の目的は、アントニオガウディーがまだ学生だった頃、バルセロナ郊外のマタロと言う町で木造アーチを使った工場を設計し、実際建っていることをガウディー研究家・田中裕也氏に教えていただきました。はじめはガウディーが木造?と全く意味不明だったが。木造なら俺がやる、、、、と言うことで、奥さんと一緒にメジャーとスケッチブック持って出かけてきました。


2013年1月2日 深夜1:30羽田発ーーパリシャルルドゴール空港  (12.5時間)

羽田空港から国際線で出国するのは初めてだが、気分的な問題か近くて気軽だ、まして深夜1:30に離陸できる空港は便利だと思う。少し早めに付いたのでVISAの待合室でのんびりと過ごすことが出来た。

ボーイング777-200型で機内は3-3-3の配列、私たちの席は通路に挟まれた2席なのでトイレに行くにも気軽だが窓側の2席は、出入りが大変でトイレも我慢せざるを得ないだろうと、他人事ながら心配してしまう。

エコノミーながらちょっと広くなったかなと思うくらいの広さなので、私以外の通常の体型の人であれば特に問題ないスペースなのかもしれない、1人1台のモニターもあり、オンデマンドビデオも沢山の中から選ぶことができ、飽きることはない。

食事は2回、乗ってすぐと着陸前2時間前くらい、食事には期待をしていないが、パリ便と言うこともあり、日本とフランスの融合を意識したメニューであった。ワインのボトルが樹脂製であった。








シャッルルドゴール空港はターミナル1に到着、延々と歩きシャトル電車にのってターミナル2に到着、空港は沢山の人のためトランジットとは言え出国審査パスポートチェック?の行列を規制していた。


やる気のなさそうな態度の悪い審査官にはんこうを押してもらい次にはボディーチェック、列に並んでいるとおじさんも、お姉さんもすべての金属をトレーに出し、履いている靴を脱ぎトレーに入れている、そしてゲートをくぐるのだが、かなりの割合で金属反応があり、再度金物類を出してゲートをくぐるという慎重さ。

実は私も1回目はベルトが反応して、2回目のトライでゲートを通過することができました。

EUという1つの国であるが故に厳しいチェックなのだなと、反面安心感を感じました。ターミナル2ではバルセロナへの乗り換えに約3時間時間つぶし、その間に、「宮大工千年の知恵」と言う本を読むことができました。

登場時間が来るもバーコードの読み取り機が悪いのかチェックインにはかなりの時間がかかり30分遅れくらいの出発でした。

パリーバルセロナ間は3-3の中央通路、窓側の席は空席だったので離陸後早々に奥さんが移動してピレネー越えをの様子を眺めていた、着陸はかなり機体が揺れて怖かった。






空港からホテルまではタクシーを使った料金は36ユーロ(料金25ユーロ+トランク使用・スーツケースが10ユーロ)だがホテルの真ん前でおろしてくれたので4ユーロはチップとして渡した。






コロンにチェックインしたのが13:00頃なので、部屋には入ることができずまずは目の前のカテドラルを散策・ランブラス方面に行き市場を見学。



 






相変わらず沢山の人、場内の5-6カ所はあるバルは何処も満員、市場に面した生ハム屋さんで3年熟成のハモンハブーコとビールを引っかける、沢山の生ハムとパンで19ユーロ(確か生ハム10ユーロ)で大満足。








ホテルは旧市街地区にあるので道は入り組んでいてなかなかたどり着かなかった。

無事部屋に入り、スーツケースから田中さんのおみやげ(食品中心)を取り出したり、家電製品の充電をしようと思いコンセントを差し込むと一瞬火花が散り部屋は真っ暗、ちょっと焦げ臭い。

やっちまった!! 荷造りの時最後に入れ替えたコンセントタップが200v.には対応していなかった。フロントに電話してブレーカーを入れてもらった。



田中裕也氏と電話で連絡が取れて、サクラダファミリア見たか?とのことで早々地下鉄に乗り行ってみた。入場の行列に加わったが、すでに6時近かったため入場を断られた。



そのため周辺の土産物屋を覗いたりしてひと回りした。

途中受難の門側の公園では地元のおじいさんたちが鉄の玉を投げる競技をやっていた。
ペタンクとか言うゲームらしい。




再度地下鉄に乗り、バルセロネータで降り夕食のレストランを探すことにした。

大通りを歩いていると、歩道上部には魚介のLEDサインがつり下げられ、歩道に張り出したレストランがぽつぽつ並んでいる、その中にGAMBA2、GAMBA1と言うレストランを発見、私が初めて来た時、整備前のバルセロネータの埠頭に立つ食堂街でGAMBA1・GAMBA2・GAMBA3とお店が並び、エビ・ムール貝をたらふく食べた記憶がよみがえった。






夕食はGAMBA2というレストランで2人で約¥5,000 カバ(発泡白ワイン)を1ボトル、カラマレスのフリット、メヒジョネスの漁師ソース、海老のオイル炒め シーフードパエリアで50ユーロでおつりが来ました。
28年前とは違い、盛りつけもおしゃれになり味もソースを絡めたり食堂ではなくレストランとなっていました。



食事を終えホテルまでの帰りは徒歩、とにかく町歩きが優先です、途中HOT SPARに立ち寄り水・コーラ・ビールを買って帰った。








現地時間は21:00でしたが眠くてふらふらでしたがお風呂に入り、かみさんが風呂に入っている間に深い眠りに入っていった。




2013年1月3日 BARCELONA AM4:00起床

睡眠時間を考えると少ないが頭はすっきり、確かに日本はすでに12:00なのだから。テレビをつけるともちろんスペイン語のオンパレード。

この時間音楽番組がほとんどで後はテレビショッピング、日本でも見たことのあるスチームクリーナーをやっていた。ch3はカタリューニャのテレビ局、言葉もスペイン語ではなくカタリューニャ語で放送している。たぶん。

朝食は7:00~ レストランでアメリカンブッフェ
食べ物は豊富だ 他種類のソーセージ・ハム 目の前で丸ごと絞るオレンジジュース、特にクロワッサンの味は美味かった。日本人旅行客も2組ほど会った。





9;00に田中さんより電話があり10:00にホテルのロビーで会うことになった、それまで時間があるので近くにある、サンタ・カテリーナ市場に向かった、ホテルから市場を見るとセル屋根に派手に塗装がかかっているようなたたずまいに見えた。




近くに寄ってみるとだんだんとその建物自体がおもしろいことに気がついた。多株木の幹のように立っている柱、木造大断面の貼り、木の小幅野地板、木製の開口枠、とりあえず中に入ってみるとサンホセ市場とは違い近代的な面白みがないとも言うかもしれないが、お店のブースが入っている。














市場をすり抜けて反対側よりファサードを見ると別の発見があった。集合住宅の開口部だ 目隠しとたぶん日よけも兼ねた木製のブラインドだ、今回意識して見ていたので大変参考になった。








地下駐車場:バルセロナの中心部に日本のようにコインパーキングは存在しない、大きな広場の地下が駐車場になっている。

宿泊したホテルコロン前のカテドラル前広場の地下も駐車場となっていた。その後向かったマタロという町も公園の地下が大駐車場となっていた。

こちらの地盤は岩盤で地下水位も低そうなので、地下構造物の工事費が安く上がるんだろうなと思う、日本で地下を駐車場にとなるとかなりの工事費になってしまうので、単独で駐車場を作るのではなく、建物と一緒に地下駐車場を作るというのが一般的発想なのかと思う。

バルセロナから、30分田中さんのベンツに乗せてもらい、マタロという町に向かった。

今回のメインの目的マタロ共同作業所の実測のためだ。

前述のようにマタロ中心部の公園下にある駐車場に車を止め、徒歩で目的地に向かった。







実測も終わり、車でバルセロナに帰る、途中田中さんが以前設計した画家パコのおうちを見学させていただいた。特徴は屋根、カタルーニャボールとだ25mmの薄レンガを漆喰モルタルでつないでいく工法だ、工事中の写真を沢山見せていただいた。


見事なアーチだ、パコの奥様も自慢げに工事中の写真を見せてくれた。






日本では見たことのないガスストーブにミョウに惹かれてしまった。
日本じゃこんなでっかいガスボンベ室内で使えないでしょ!



ちょっと遅い食事を、ガウディーの仕事の構造パートナーであったジョアン・ルビオ・イ・ベルベルJoan Rubió i Bellverさんの設計したレストランASADOR DE ARANDA. BARCELONA
で「子羊の丸焼き」をいただいた。羊料理ではバルセロナ壱の有名店らしい。私は料理も興味有るけどそれ以上に建物が気になってしまった。





田中さん、ごめんなさい、ワインいただきます!




オーブンでゆっくりと時間を掛けて、ほろほろになるくらい焼かれています。





揚げパンと、ジャスミン茶のようなお茶。










食事も終わり田中さんオフィスを訪問した。バルサスタジアムの近くにあり、以前は家族の住宅として使われていた。




お茶を頂き、トラム(市電)に乗り大学施設内を通り、ドラゴン(竜の門)を見学しに向かった。







この時点で私はかなり足に来ていた、田中さんの歩きの早さは容赦ない、ついて行くしかないのだ。

その後、サッカークラブバルセロナの本拠地を見学に向かう、もちろん歩きで、スタジアムに到着するがすでに真っ暗、スタジアムの見学はできないが、バルサショップに入ってみることにした。とにかく広い、お客さんも沢山だ。正直言ってバルサファンではないので、メッシのユニフォームもあまり興味はない、しかし奥様のマフラーを購入した。





さすがに遅い時間になったので、この辺で田中さんとお別れすることにした、近くにバス停があり、54番に乗りなさいそうすればホテルの近くに行くよとだけ言われてバイバイ!。言われたとおり54番に乗り込み何となく港の方に向かっているかなという期待だけ、なんだかわからずiphoneのマップも上手くGPSが動作せず。30分以上も乗車しエイヤで降りたところが割とホテルに近かった。晩ご飯はどうするか?奥さんと相談するが2人とも疲れた、早く風呂入って寝たいと言うことで、近くのコンビニで水・ワイン・チーズ・ハムを買ってホテルで夕食をすることにした。

しかしホテルのお風呂はカーテンがない、体を洗うのもそうだが髪を洗うのも注意しないとバスルームがびしょびしょになってしまう。


2013年1月4日 BARCELONA AM4;00起床                           
早く寝たおかげと、時差ぼけで朝4時起床、バルセロナの早朝テレビ番組は音楽番組のみ、しばらくするとニュース、でもなんかスペイン語とは違う、このチャンネルはカタリューニャ語による放送だったことがわかった。 


朝食たち、コーヒーとクロワッサンは最高に美味しかった。





チーズ達

サラミとハム・そして生ハムもあります。
唯一の野菜?トマトは、そのままでもいいんだろうけど、パンに塗りつけて食べるらしい。


なんだか得体のしれないもの、フルーツです。


これはオレンジ専用ジューサー上部にオレンジをセットしておくと皮をむき絞ってくれる。



で、結局このくらいは食べてしまう。


7;00朝食 今朝も3人組の家族が朝食を一緒にした、彼らは明日フランクフルト経由で帰るそうだ、すでにマドリッドに4泊していてAVEでバルセロナに入ったようだ。
息子は30前?母は夫のことをパパと呼んでいた。

8:45 地下駐車場に入らず駐車場の入り口で田中さんと待ち合わせをした、シルバーのベンツC180 kompressorが現れる。

高速道路を南下しガウディ生誕の町リウドムスに向かう。

最初に訪れたガウディ生誕の家は河川敷の砂利敷の道を走ってたどり着く、しばらく写真を撮っていると、所有者夫婦が車で現れた、田中さんは顔見知りらしく、奥さんがなにやら、まくし立ててしゃべっている。




ビデオを撮りました。

でっかい木がでんと立ちすくんでいます、夏は完全に木陰となり涼しいだろうな。



後で内容を聞いたら、ガウデー生誕150周年記念の時には道も整備したが今は役所もお客さんを案内してやってくるが、全く整備をしてくれない、。と訴えていたようだ。




ガウディー生誕150周年記念のプロジェクトで田中さんが広場を設計されたgoogleアースでも見ることはできるが大きな広場だ ガウディーの研究で見いだされたベンチ・水琴窟・噴水・桜 など見せ場が沢山だ。

田中さん設計のベンチ組み合わせでグエル公園のベンチのような楽しさがある。


夕方になると噴水により、重い石が浮き上がると言うことだが、見ないと信じない性格なので、再度訪問しなければならないな。


水琴窟 確かに聞こえる。




gaudiの家族の家・作業場を再現した建物がが町中にある。
ここは町の観光課が管理している、生活ぶりが再現されている。3階には田中さんの研究作品の常設展示場となっている。








3階は田中裕也の実測図面の常設展示場となっている、しかしオリジナルのでっかい図面を展示するだけのスペースはないので縮小版を展示している。





ここにガウディさんの映っている一枚の写真がある、ガウディの義勇軍の記念写真ガウディの義勇軍の記念写真だ、この後リウドムスの町中を散策しガウディの記念写真の階段で記念撮影をしてみた。


ガウディーさんは何処だ? 左上の帽子を被った髭のおじさんです。
下の階段のこのあたりに立っていたようです。



リウドムスは小粒のオリーブとヘーゼルナッツの産地であり、観光課長よりヘーゼルナッツをおみやげに頂いた。




街中で、ごみ集積所を見つけた、煙突のようなものは投入口で地下部分に集積コンテナがある。景観を守る手段の一つだ。




田中さん行きつけのカフェ、ケーキも美味しかった。


リウドムスを後にして次の目的地はガラフの酒蔵に向かう、高速道路をバルセロナに戻るようなかたちになる、途中シッチェスで高速を降り、シッチェスの町中を海岸線に沿ってガラフに向かってもらった。シッチェスはおかまさんたちが集まる町として有名らしい。


アップダウンの激しい海辺の道路を片足の自転車乗りが急な上り坂を上っていた。


標識には自転車を追い越す時には1.5m以上離れるようにとの表示がされている、流石自転車が盛んな国の法律だなと感心した。

田中さんも自転車で日本縦断をした時、国道で大型トラックに煽られて転倒し死ぬ思いをした話をお聞きした。

ガラフに到着し、写真でしか見たことのなかった、ガウディー設計の石造りの酒蔵に到着した。




建物本体もしかり、門などもこった造りだった。



石造りの酒蔵は今、レストランとして使われている。


確かにカテナリー曲線だ!






お昼は席のみを予約しておいたので、すんなりと入ることができた。

田中さんには申し訳ないが、奥さんと二人はトレスの白ワインを頂いた。



食事はPIKAPIKAというアラカルト、自分で作るパンコンデトマトは美味だった。

トーストしたパンにニンニクをすり付け、トマトを半分に切り、切り口をパンにこすりつける
塩とこしょうをお好みで振りかけ、オリーブオイルをタラーと垂らすと、美味しい!!パンでトマトのできあがり。




日本人の6人グループも食事に来ていましたが、ここまで来るとはかなりマニアックな人たちだなと思いました。


田中氏は ガオ!としているのではなく、チェーンを垂らしてアーチが懸垂曲線であるかの検証をしているのです。



コロッケ








最後は、壺に入ったオマールエビのリゾット? 美味でした。





楽しく昼食を頂いた後も写真を撮りまくりました。













ちょうど電車が通りがかり撮り鉄根性が出てしまいました。 


 昼食の食卓に出ていたオリーブオイルを1ケースおみやげとして購入した。


ガラフを後にして昨日入場できなかったマタロの作業所へ再度向かうことになった。

マタロ到着 17:00 ちょうど開演して中を調査することを承諾してもらった。



内部からの調査をさせてもらって良かった、昨晩は想像の域を脱しない疑問が、一目瞭然、すっきりした。









マタロの観光課の役人も調査に来た日本人は、貴方達が初めてだよ。と言われました。

田中さんありがとうございます。  

ホテルまで車で送ってもらい、晩ご飯を家族と一緒にどう?と聞かれたのですが、疲れているのもあるし、お腹がすいていないのもあり、お断りしてしまった。

部屋に着くなりとりあえずお風呂に入り、後は意識不明でした。 




2013年1月5日 最終日 AM5:00起床

AM7:00 ホテルで豪華な朝食をいただく。オレンジジュースとクロワッサンそしてコーヒーが美味しい。




宿泊していたホテルコロン前の広場が、日本人向けの現地ツアーの集合場所なので、ダメ元で、ミキトラベルのバルセロナ観光に当日参加できるかを聞いてみたが、NGでした。

地下鉄に乗り、サクラダファミリアへ直行、地下鉄から地上に出るとすでに沢山の観光客で入場待ち、40分くらい待って、エレベータ付きのチケットを購入して入場できた。

まずは教会内に入ってみた、前回来てから16-7年経ったことになるが、まだ途中ではあるが確かに教会としての空間はできている。








ローマ法王が訪問した時の写真や動画などで予備知識はあったが、現物は迫力が違う、2日前にカテドラルを訪れた時の感動とはまた別物だ、壁面のステンドグラスから差し込む7色の光が、樹木のような石貼りの柱に映り込み、森の中にいるような安心感に包まれる。





エレベーターは入場時に時間が決められているので、10分くらい待って塔に昇ることができた。ブリッジは渡ることはできなかった。




もちろん下りのエレベーターに乗車することもできるが、恐怖の周り階段を徒歩で下りることにした。時計回りに回りながら降りるのだが手すりなどないし、中心部は数十メートルの吹き抜けで手すりの立ち上がりもない。力が入ってしまう。


途中何カ所かバルコニーがあり外の景色を見ることができるのだが、私の場合バルセロナ流の工事現場が気になる、まあ私の知識外の仕様であることは間違いない。







地上に降りると、附属小学校が入場できるようになっていることに気づき、入場してみたもちろん無料だ、中には工事中の写真やカタリューニャ独特の薄レンガを用いた曲線構造のモデルなども展示されていた、さすがに今は学校としての機能はないようだ。

この建物、25年前に始めて見たときと建っている場所も向きも違うぞ!
田中さんに確認すると確かに移設したらしい、と言っても日本の軸組の家屋と違って曳き家は出来ないだろうし、壊して造ったんだろうな。








たっぷりとサクラダファミリアを見学し、再度地下鉄に乗り、カサバトリョやカサミラを見学し、おみやげを買いにデパート エルコルテ・イングレスに向かった。

無理とはわかってはいるが、できることなら生ハムが持って帰ることができるかもと期待をして肉屋をのぞき込む。

沢山の生ハムになった豚さんのモモが吊されている。買おうと思えば2万円もあれば買えるのだが、持ち帰る術がない。




結局腸詰めを購入することにした。奥様はデパートオリジナルのお菓子や紅茶を大量に購入していた。


町中のおみやげ屋さんで買うよりもコストパフォーマンスが高い物が購入できるのが良いなと思う。

ホテルに戻りスーツケースに土産を詰め込み、空港へと向かった。
エールフランスでチェックインするなり荷物の重量オーバーで一部を機内持ち込み手荷物とすることにし、2人で10kgのオーバーはサービスしてもらった。

空港内のレストランで遅い昼食を頂いた、ここのステーキがとっても美味しかった。


昼食後も時間がたっぷりあったので、空港内を見学、免税店で田中裕也氏のデザインした、TORRESのブランデーが売っていた、よっぽど買おうかと思ったが、機内持ち込みの荷物が多すぎて断念した。


ほぼ時間通りにシャッルルドゴール空港に到着、またターミナル内を延々と歩いて、成田便のターミナルへ移動、待ち時間は約3時間 奥さんは荷物番をしながら椅子に座って仮眠、私はターミナルの探検、3時間もあっという間に過ぎていった。




成田便も時間通りに飛び、機内では映画三昧、時々寝ながら14時間後に成田に到着。
1月6日(日)PM7:00

成田で問題発生、奥さんのスーツケースがシャッルルドゴール空港で積み残されてしまったらしい、手続きをして明日届けてもらうことになった。そういえば新婚旅行の時も英国航空でバルセロナに入ったがそのときは2人のスーツケースがガトイック空港に取り残されて、翌日ホテルに届けてもらった事を思い出した。
成田からはリムジンバスで大宮駅まで、大宮からはJRで上尾駅からは徒歩で帰宅、お風呂にお湯を入れて、冷たいビールで無事帰還に乾杯。そして爆睡でした。




























2012年10月29日月曜日

築41年住宅リノベーション 完成見学会のお知らせ

完成しました! 見学会を実施いたします。



内部はこんな感じで仕上がっています
実は壁・天井は ドイツ製の紙クロスを張りっぱなしです。



















2012年10月11日木曜日

住宅省エネルギー施工技術講習会が始まります


国土交通省は新築住宅における省エネ基準適合率を平成32年度までに100%とすることを目的としています。そのために、地域の木造住宅生産を担う大工工務店を対象とした住宅省エネルギー施工技術講習会を各都道府県単位で行い、今年度は全国で1万人、最終的に20万人の実務者である大工技能者の断熱施工技術の向上を目標としています。

 このため、各都道府県において地域リーダーを講師として、省エネ施工を行う技能者を対象とした住宅省エネ化技術者講習会を実施します。

 本講習会では、講習会受講者に対し考査を行い、合格者には「住宅省エネルギー施工技術者講習修了証」を発行します。なお、修了証発行手数料として1,000円をご負担いただきます。

・・・・・・・・・という講習会です。

埼玉県でも11月より順次講習会が実施されます。
講習会の申し込みはこちらから行ってください。
http://www.shoene.org/seminar/search.php?p=11

 ちなみに私は(社)埼玉県建築士事務所協会からの派遣講師として11月7日の埼玉土建技術研修センタ- と 12月15日の埼玉県県民活動総合センタ-での講師を務めます。


実は、この講習会に先駆けて、地域リーダーと呼ばれる講師の講習会が行われました。
大型の扇風機を回しているが私のところには届かない
暑い!暑い!気が遠くなる! 

埼玉会場は 猛暑の9月9日~10日の2日間 冷房もなくマイク・スピーカもないフォークリフトの音が激しい会場で行われました。

室温は30度以上の鉄筋コンクリート造の会場は窓を全開にしても風通しが悪く、コンクリートの蓄熱による輻射熱により、人間にとって最悪のコンディションでした。

この様な会場で「住宅省エネルギー施工技術講習会」とは皮肉なものでした。

講習会は2日間行われましたが、本番の講習会は1日に凝縮しなければいけません。

2日間でも、かなりとばした講習会でしたが、同じ内容をさらに半分に凝縮しなくてはいけないわけです。

実務者の大工さん達に、何が重要で、どの様に伝えなくてはいけないのかを、私なりにまとめなくてはなりません。あと1ヶ月しか有りません。

またモックアップを使った実施部材の説明も行わなければいけません。


写真は講師のための講習会風景。
埼玉会場の講師は、こもだ建総の菰田社長


そして最後に修了考査がある。テキストを見ても良い考査だが、一般論的な部分は大工さんは苦手だと思う。
満点をいただきました。

2012年9月20日木曜日

伝統的構法の木造住宅 耐震実験


9月18日、9月19日の2日間 兵庫県の試験場(E-ディフェンス)にて伝統構法によって造られた木造住宅の耐震性の実験が行われた。

伝統的構法っていうのは、基本金物を使わないで
木と木を仕口という木材の加工で組み合わせた構造で、
屋根は瓦、壁は竹で編んだ壁の下地に土を塗ってその上に漆喰などで仕上げる、
また基礎は一般的な鉄筋コンクリートの基礎ではなく、
大きな平たい石の上に直接柱を立てる工法のことだ。
今でも、田舎へ行くと見られる工法です。

実際に造られた家の様子はこちらをクリック 

今回の実験に際しては2棟造られました、

違いは足元、1棟は股裂き状態にならないように地長押と呼ばれる補強をしたものが造られました。

今回、基礎部分の強度を検証するために2棟の実物大の建物が造られ、巨大な起震装置の上にセットされた。

18日は弱い地震で一方向からの地震力で実験して徐々に大きな地震力で実験を行った。足元を固定したりフリーにしたりしています。

19日は最終的に実際の地震と同じ左右の力に上下動を加えた地震力(阪神大震災の時神戸海洋気象台で記録された地震を再現)で実験が行われた。

では 最後に行われた実際の地震力での動画をご覧ください、かなり揺れていますね、そして足元をご覧ください、

石の上に建っている柱が激しく動いているのがわかりますよね、もしこの足元が固定されていたら、

二人三脚や百足競争で足下をすくわれて、こけてしまう状態になってしまいますよね。一種の免震装置のようなわけです、但し石から外れてしまえば状況は変わってしまいますが、ご注目ください



ちなみに
 BCJ-L2とは日本建築センターが構造解析を行うために作った模擬地震波で極まれに起きる地震の強さです、-L1はまれに起きる地震の強さの事です。

JMA-神戸とは兵庫県南部地震の時に神戸海洋気象台で観測された波の強さパターンを再現したものです。

9月18日の実験 

9月19日の実験 

 です。

2012年8月18日土曜日

日経ホームビルダー2012.9月号に掲載


日経ホームビルダー2012.8月、9月号に連載された特集”後悔させない二世帯住宅”にコンセプトハウス「わたしのおうち」が掲載されました。




とかく、二世帯住宅になると大きなお家になりがちで、世代が変わった一時期、老人夫婦が二人だけで過ごす事になり、何年も2階には上がったこと無いね。とお話しされるケースが多い。





2年前に制定された長期優良住宅の制度、まずは100年持たせましょうというコンセプトだが、誰も住まずに廃屋となってしまうシナリオは避けたいと思う。




どうしたら、各世代に愛され続けられるのかと考えたおうちです。

ところで、日経ホームビルダーとは一般の書店では売られていません、地域工務店やハウスビルダー向けの月刊誌です。

もちろん高価な掲載料はない、日経BPの記者の方がテーマに応じて取材に来られる。

取材中に私達が発した言葉を聞き逃さず、記事にされる記者さんの能力に感心いたしました。

そんなプロフェショナル向けの雑誌に掲載されると言うことは大変光栄に思います。

2012年8月6日月曜日

地域型住宅ブランド化事業 採択発表!


まずは、地域型住宅ブランド化事業って何?

それは、私が理解するに、昨年まであった長期優良住宅の補助金事業「木の家整備事業」の後継事業であるが、制約が多く複雑怪奇な補助金制度ですと理解します。

昨年までは佐藤工務店が単独で5棟まで申請できたが、材木屋さん設計事務所などを含めたグループを作り、事業に応募して採択されれば、補助金の申請が出来ますよ、という制度だ。

実際グループを作って、採択されるようなグループ間の決まり事を作り、採択されるような申請書作成には多大な労力がかかった事だと思う。


補助の金額は120万、昨年と同様の金額だ。

そして、8月6日午後に待ちに待った採択の発表が有った。

全国で592グループの申請があり363グループが採択された、合格率にすれば61%。その採択されたグループの提案内容は、



埼玉県では13のグループが採択された。

私の属するグループも見事合格した。

しかし大きな問題が発生した。

合格率が高かった分だけ120万/1棟の割り当て棟数が少なくなった。

構成メンバー15社の工務店のグループで7棟の割り当てのように、1社1棟の割り当てもないと言うことになってしまった。

そして、採用されるために行った提案は、かなりハードルも高く事務局の仕事量も多い。

120万の補助があったとしても、長期優良住宅の技術的審査に関わる費用や、事務費用、履歴、工事報告システムの利用などを約40万程度差し引くと80万円がお施主様への実質補助額となる(あくまでも当社の場合)。

それにしても補助を受ける場合と受けない場合では、私共のような零細工務店にとっては大変な負担となってしまう。

国も良かれと思って作ったグループ化なのだろうが、実際は上手く利用されるのかが心配だ。

ところで、採択されたグループ提案を見て気がつくことは、工務店情報がダダ漏れであることだ、多くの提案の場合材木店が旗揚げし取引先の工務店をグループ化している場合が多いのだが、その情報は会社名・住所・最近の新築戸数情報まで統べてみることが出来てしまうわけだ。

これから第2回目の募集もあることなので参考にと言うことなのかもしれないが、材木屋さんにとって顧客情報を開示してしまうことは、いかがなものなのだろうかと疑問がある。

また363グループが採択されたわけだが、「地域」というキーワードの受け止め方の違いがおもしろいる

地域=地域材と単純に考えていたが、実は岩手だの鹿児島だの他地域材を使いますという申請も有り、ましてや国産材は一切使いません、合法的な外国の材料のみを使いますと言った提案も見られる。


そのた、建築関係の出版社さんが363提案を分析をされ近々に報告されると思うので楽しみだ。

この地域型住宅ブランド化事業の本来の目的を考えると、補助金をもらうことではない気がする、120万円という人参をぶら下げられて、発生したグループがほとんどだとは思うが、大規模なグループではなく、やっと集めた10数社規模のグループはこれを機会に横のつながりを深くしていただきたいと思う。お互いの技術向上のためにも今後の家守りのためにも重要な仲間達であると思う。

2012年7月26日木曜日

設備機器の修理代金って高くない?Ⅱ


長住協(長期使用住宅部材標準化推進協議会)という団体をご存じでしょうか?

住宅の長寿命化に伴い、住宅部材・部品のメンテナンスをしやすくするために、標準化(共通化)しようという考えの基に住宅関連メーカーが経産省の支援を受けて設立されました。

住宅用サッシの部材 クレセント・戸車・玄関ドア鍵など10品目が登録されている、たかが10品目といっても実際、住宅のメンテナンスを行っていると、部品がないなどで問題になる部材が優先されているようだ。2014年3月までには30品目まで増える見込みのようだ。

これって重要なんだよね、今までは各社バラバラに自分のところが最優秀ですみたいに数多くの部品が作られてきた、当然消えていく部品も多い。

デザインが違っていても寸法の標準化が図られれば、部品のストックにより迅速に対応できるようになるという仕組みだ。


設備機器の修理代金って高くない?


洗面化粧台のサーモ水栓が壊れた場合、メンテナンスにいくら費用がかかるか想像つきますか?

先日、取り付けてから10年経った、セット価格17万円の洗面化粧台の水栓が壊れ交換を依頼した。

まずは私が訪問して器具の番号を写真に撮り、状況報告と共にメーカーに送る。

それに基づき見積書が提出される、機器の値段は定価

取り替え工賃は1万円程度、しめて4万強! これって理解出来ますか?

もし、特殊な水栓でなかったら、街の水道屋さんでも交換は可能だ。

いずれにしろ、設備機器は新しい物、特に水栓などは消耗品なので壊れた場合、交換可能なのか
代換え品で対応できるのか、でいくらかかるのかという視点でも、お客様が選択される時アドバイスが必要だと思う。

いつの間にか、家電製品は修理して長く使う物から、壊れたら買い換える物と変わってしまった。

家は、手入れして長く使おうという時代なのに

こんな事もあった、15-6年前電熱線埋め込み型の床暖房フローリングは5年で電熱線が切れた、すでにその商品は廃盤・修理不能!、結局使えないままになってしまっている。それ以来、電気式一体型床フローリングは絶対に使用しない事にした。

約20年前、時代はバブリーな頃、1セット500万以上もするユニットバスを設置したお客様の場合、水栓も照明の照度調整も全て電子制御それが、設置後10年経過した頃から、誤動作が続出するようになり、修理の連続。シャワーの水が止まらなくなり、元栓で締めたり、壁埋め込み型のテレビも制御不能になったりと、結局15年も経たないうちにシンプルなユニットバスに交換させていただいた。もちろん水栓はアナログに手で操作するタイプにした。怒るよ!
  
住宅の設備機器  室内で言えば、台所  洗面化粧台 ユニットバス 便器 換気扇。屋外では 給湯器(ガス エコキュート etc)など、デザインや機能性を追求するために消耗品である部品もオリジナルな物が開発されてきた。

何となく斬新で目新しく使いやすそうと思って選択するが、メーカー側は20年30年の部品保証はしていない。

もし部品があったとしても、交換には高額な費用がかかってしまうことを、頭に入れておかないといけない

PS.今回の事例は偶然?3件とも同じメーカーでした。

2012年7月3日火曜日

アパート大家さんに朗報!!アパートリフォームにも補助金最大1戸あたり100万円



申請期限平成24年9月28日、平成24年12月28日、平成25年3月29日の3回
      平成24年度国庫補助事業


空き家リフォームで賃貸住宅
民間住宅活用型「住宅セーフティネット整備推進事業」





事業の概要

住宅確保要配慮者の入居等を条件として、空き家のある民間住宅の改修工事に要する費用の一部を国が直接補助する

改修工事当たりの補助額
 
工事費用の1/3 (工事費300万円なら補助金100万円)
または 空家戸数×100万円まで(5戸工事するなら最大5戸x100万円=500万円)

 ※改修工事費用:「耐震改修工事」「バリアフリー改修工事J「省エネルギー改修工事」のいずれかを含む改修工事全体にかかる費用。



対象となる住宅

次の全ての要件を満たす住宅

地方公共団体との連携が図られている地域内 →→ 埼玉県は対象となります。

戸建て・共同住宅を問わず、1戸以上の空家があること

◇原則として床面秘25㎡(約8坪)以上/戸,台所・水洗便所・収納・洗面・風呂があること。
        
◇改修工事後に賃貸住宅として管理すること
 ※違反建築物・都市計画施設の区域内等(事業認可区域に限る)の建物は対象外。



改修工事の内容

耐震改修工事」「バリアフリーエ事」「エネルギー工事」のいずれか含む改修工事



工事種別

耐震改修工事
 昭和56年6月1日以前に着工された住宅を現行の耐震基準に適合させる改修工事

バリアフリー改修工事
 以下のいずれかの工事「手すりの設置」「段差の解消」〔廊下幅等の拡張〕

省エネルギー改修工事
 以下のいずれかの工事「窓の断熱改修」「外壁、屋根・天井または床の断熱改修」



住宅確保要配慮者を拒まない借家

住宅確保要配慮者とは→ ①子育て世帯、②高齢者世帯、③障害者等世帯、④所得214.000円未満の者。
こうした世帯の入居を拒まないことを管理要件とし、改修工事後の最初の入居者を住宅確保要配慮者とすること。

改修工事後に入居者募集して3ヵ月以上①~④の入居者が確保できない場合、これら以外の者を入居させることができる。  




問い合わせ先


以上 佐藤が要点をまとめました、但し詳細を知りたい方はこちらをご覧下さい。

リフォーム工事費用の一部を補助


中古住宅を買ってリフォームする場合に50万円を限度に補助されます。




国土交通省は7月2日より「既存住宅流通・リフォーム推進事業」の募集を始めました。

この制度は数年前から有りますが毎年条件が変わり、補助の金額もだんだん減ってきました。

今年は、個人が中古一戸建て又はマンションを購入し自分が居住することが条件です。
もちろん縛りがあります、既存住宅売買瑕疵保険とリフォーム瑕疵保険の両方に入り住宅履歴情報の蓄積を行う事が条件となります。

応募の締め切りは10月19日ですが、応募多数の場合はエコポイント同様に早期終了となる可能性があります。

詳しくはこちらを参照して下さい。

2012年6月20日水曜日

建築知識7月号に掲載されました

本日発売の、建築知識7月号、今月号も濃い内容ですお買い求めください。












■特集・長期優良×省エネ法×瑕疵




担保 3法クロスチェック 
38頁の基礎地盤/基礎立上





り高さの確保と段階的な防蟻対策 を執筆させていただきました。








執筆料は本誌1冊、しかしこのようなプロ向けの技術書に執筆できたことは光栄に思います。

お話しいただければ、どんどん書きますよ!